https://instagram.com/facetasmtokyo/
2015年2月21日土曜日
2015年2月16日月曜日
一時半の開け閉め
一昨日高校のバスケ部時代の友人の結婚式に参列してきました。
今年が始まってからとても自分にとってあまりやったことのないことが重なって毎日ちゃんとそれぞれを落とし込むことが出来たのか、こうちょっと日々悩みながら過ごしていて、その一連の連続的な流れがつい数日前に一段落しました。一息つく間もなく次のことが始まって、なんだか自分に返って来ているのかなんなのかよく分かっていなかったのですが、久しぶりに高校時代バスケを共にした友人達に会えて少し自分を取り戻せたような気がしました。
そうだったそうだったと、あの時も中学の時からバスケをやっていた皆の中に初心者として高校から初めて、全然ルールも何も分からない状態から毎日朝も夜も一生懸命やっていれば必ず昨日分からなかったことが何か少しは分かるようになって、昨日より出来るようになった喜びとか感動を信じてやっていたなと思い出しました。今まさに何だか少し視野が狭くなっていたことが、披露宴での終盤、彼女のお母様への手紙の中で「バスケで自信が無くて部屋で一人で泣いていた時に、お母さんは自信が無いなら自信がつくまでやりなさい」
と言ってくれた話が今の私にとって凄く大切な言葉になりました。
そうだったそうだった。何でいつももう二度とと思うのに海外に自分を行かせるのだろうというのも、もちろん自分がモデルとしてもちゃんとモデルだったなと確信を持たせることへ目標を大きく掲げるということもそうだったけど、色んなことになかなか自信が持てない自分に自信をつけたかったというのも一つの大きな理由としてありました。でも結局暫く経つとまたその慣れが自信という言葉からは遠退く自分に戻ってしまい、それも悪い期間ではないけれどまた自分を挑戦させて厳しい環境下に置けば、また新しく自信をつけて帰って来れるとその繰り返しでした。帰りの電車でバスケの時に初心者だった私をバスケの基本の本を貸してくれたり、ボールを貸してくれたり扱いてくれたフォワードの友人に自分に自信をつけさせるんも自分やからなと
いつの時代も変わらず私の尻を叩いてくれました。
女14人、わちゃわちゃとそれぞれに個性がある皆とあの大事な時期を共に過ごせて今も変わらず会えることが本当に有り難いことで、今の私にとってほんの束の間の時間を与えてくれました。そのお陰でやっと自分の言葉で文字も打てているような気がします。
ありがとう。頑張るわ。
ready actionや
Numero March 2015
2015年1月29日木曜日
羽化
あの、明けましておめでとうございますのご挨拶が遅くなってしまい申し訳ないです。
昨日ukaの代表のKihoさんのミレニアムバースデーパーティに行かせて頂いて、とても素晴らしい結婚式に参列した時のような気持ちになりました。Kihoさんとの出会いというか、ukaに携わらせて頂くことになったのはイギリスから帰って来た丁度その日にバタバタとキャスティングに周っていたところ、偶々の立ち寄った場でフォトグラファーの方にお会いしたのがきっかけでした。
撮影10日前に今期のuka creative collectionに携わる皆さんとの顔合わせで、ストーリーと作品に対する思いや意見、ちょうどイギリスで最後の最後絵に対する指示や英語が分からなくて悔しい思いをたくさんしていたこともあって日本語なら言葉拙くとも伝えることが出来ると、皆さんとの話し合いを受け取って、その場に居させて下さった感謝と共に一生懸命させて下さいと心から言っていました。
そこから10日間、それぞれの絵に対して自分の気持ちをどうにかリンクさせられるように色んなものを見て聞いてどうすればそこの気持ちに持って行けるかや、高校時代に仲の良かった友人がもうすぐ赤ちゃんが産まれるとのことで撮影の前日は気持ちを一先ず穏やかにしたくて会いに行ったりもしました。
そこから10日間、それぞれの絵に対して自分の気持ちをどうにかリンクさせられるように色んなものを見て聞いてどうすればそこの気持ちに持って行けるかや、高校時代に仲の良かった友人がもうすぐ赤ちゃんが産まれるとのことで撮影の前日は気持ちを一先ず穏やかにしたくて会いに行ったりもしました。
当日緊張は勿論しましたが、皆さんのことを信じてそしてまた自分を信じることができる現場をukaの皆さんが与えて下さいました。
昨日は改めてKihoさんの人と成りを知って、
知れば知るほどどんどん好きになって
私の人生を大きく変えて下さった格好いい女の人の一人です。
心からの感謝と共にHappy Birthday
uka creative collection 2015
Ph:Makoto Nakagawa Make up:Yuki
Styling:Fusae Hamada Hair :Syoji Noda, Maki Hoshina,Yuko Takahashi
From the planning stages to the production of a single picture, everyone on the team was very attractive, and it was a blessing tone in this collaborative environment. Because I met this team, I learned that my spirit responded to this environment in which everyone contributes and 'create as a team'. Something I will never forget is how the very moment in which something seemed to come alive inside of me coincided with my engagement with uka.
I am extremely grateful. Thank you all.
昨日は改めてKihoさんの人と成りを知って、
知れば知るほどどんどん好きになって
私の人生を大きく変えて下さった格好いい女の人の一人です。
心からの感謝と共にHappy Birthday
uka creative collection 2015
Styling:Fusae Hamada Hair :Syoji Noda, Maki Hoshina,Yuko Takahashi
I am extremely grateful. Thank you all.
2014年12月31日水曜日
生え際世界一周
奈良は昨日も今日もとても良い天気でした。近所を散歩しているとこの時期の匂いはそうだこういう匂いだったなと思い出しました。公園のベンチに腰掛けてこんなにも低かったかなと思いながら、Eric Claptonを聞きながら膝にmacを置いています。
2014年私はやっと自分の意志を持てたような気がします。1月からvizaをおろして、銀行を開設し最小限の生活を整えて、違う言語を話して、こんな日が来ると思っていませんでした。自分がモデルとして何をしたら確信に変わるのだろうとそのことを考えながら色んな夢を描いてきましたが、それがいつしか目標になって、現実に近付いて、それでも今まで知らなかった雲の上の世界に頭を突っ込んで大きく息をしてみたら、まだ雲の上には雲がありました。大変なことも色々ありましたがその度に街の人や出会う方々が助けて下さって、世界中のたくさんの優しさを知って、そして新しい世界を見るまでにこれまで育てて下さった方々に心からの感謝が湧き起こりました。何も無かったときを知って下さっている方々がいることや、色んなことを経験することでもっと人間っぽく話が出来るようになって、日本に帰って来てからは、仕事でも色々な話し合いをしながら一つの絵に向かっていくことや、今までとはまた違うスタンスで仕事をしているような気がして、伝えるという作業が前よりも上手くなったような気がします。イギリスで悔しくて泣きながら帰ったことも英語が分からず最後の最後どうしたら良かったのか未だに分からないこともあって、色んな感情が蠢いた日々のお陰で自分ってこうだったんだと新しい自分を毎日知って、それをノートに書き留めていました。京都までの新幹線の中でイギリスにいる間の日誌を見直していると、そうだったなそうだったなと、今は過去のことになっていますが、どうなるか分からない白い1ページに心の中を綴って、毎日があったからこそ真っ黒のノートになっていました。一先ずよくやってくれました。
色々見えていなかったことが少しずつですが行く度に見えて、自分がこれからどうしていきたいのか、そんなことも色んな方々との会話で見つかって、色んな方々の口を通してメッセージとして受け取りました。2015年もまだまだ立ち向かって、そして前よりも人生がもっともっと楽しくなった今をまた一生懸命に生きようと思います。
人生に携わって下さった方々に心からの感謝を。
2015年も思いっきり楽しみます。ありがとうございました。
2014. 12. 31 山村紘未
Louis Vitton Cruise Collection 2015
Cover Feature commissioned and published by Metal magazine
©LENA.C.EMERY
Cover Feature commissioned and published by Metal magazine
©LENA.C.EMERY
2014年12月17日水曜日
師走の贈り物
最近自転車をゲットして、何年ぶりかに一漕ぎを経験しました。
驚きの進み具合にこの他力は何ぞやと。他力に驚き一漕ぎ二漕ぎ
人生早送りかと思いました。 師走です。
毎年この時期になるとサンタクロースの存在が頭に浮かんで
一丁前に女の子をやっていた時のあるクリスマスに、姫ちゃんのリボン 変身セットが欲しい旨をサンタクロースの方にお願いをして、25日になれば近所の子供達が公園に集って何を貰ったという話をするのですが、私の家に来てくれていたサンタクロースはいつも25日と26日の間にプレゼントを届けに来てくれていました。朝、枕元にプレゼントが置かれているのを発見した時の心が舞い上がる瞬間の気持ちは今もずっと覚えていますが
一丁前に女の子をやっていた時のあるクリスマスに、姫ちゃんのリボン 変身セットが欲しい旨をサンタクロースの方にお願いをして、25日になれば近所の子供達が公園に集って何を貰ったという話をするのですが、私の家に来てくれていたサンタクロースはいつも25日と26日の間にプレゼントを届けに来てくれていました。朝、枕元にプレゼントが置かれているのを発見した時の心が舞い上がる瞬間の気持ちは今もずっと覚えていますが
可愛らしい包装とは裏腹に
姫ちゃんのリボン変身セットとは裏腹に
姫ちゃんのリボン変身セットとは裏腹に
包みを開けるとめちゃくちゃ渋い抹茶色の箱に
江戸調の文字で『大江戸かるた』と書いてありました。当時近所に多分お名前ビデルホブデさんというノルウェー出身の一家が住んでいらっしゃって、なぜかサンタクロースはノルウェー出身だと思い込んでいて、この江戸調の文字を読むのにとても時間がかかったのではないかと凄く感激 しました。
江戸調の文字で『大江戸かるた』と書いてありました。当時近所に多分お名前ビデルホブデさんというノルウェー出身の一家が住んでいらっしゃって、なぜかサンタクロースはノルウェー出身だと思い込んでいて、この江戸調の文字を読むのにとても時間がかかったのではないかと凄く感激 しました。
その渋い抹茶色の箱を開けると
頭かくして尻隠さず
とふんどし姿の男性がこたつに頭を入れて尻だけを出している浮き世調の絵から始まって、お陰様で慣用句を絵で覚えることが出来ました。
私、一昨日撮影をしていた時にフッと頭に過った
ことがあって、私の中でいつもファッションは幻って思うことがあって、でもそれが夢に変わった瞬間を味わいました。姫ちゃんのリボン変身セットとか何かと少女だった時のそのサンタクロースに抱く夢の感覚も全部何か思い出したような気がして、ファッションには夢があったって、徐にヘアさんに言っていました。 凄く素敵な日でした。
2014年12月6日土曜日
魔法の宝石
Van Cleef and Arpels × Gaspard Yurkievichさんのショーで京の大覚寺を訪れました春に
この日魔法がかかったような世界にいて、そこに居らっしゃった方々の表情や色々な場面を覚えているのですが、ただ一つこの時に着けることが出来なかったピアスを昨日のショーで初めて着けることができました。
いつも並べられているピアスを眺めていることばかりでしたが、ピアスを開けてから今まで立ち寄ることも無かったところに入ってみたり、世の中にはこんなに美しくて巧妙な物があったのだと、昨日も舞台袖の鏡の前で魔法がかかったみたいだと思っていました。
この京での日のことを頭の中にとても覚えていたので、夢のような世界の他に何か書き留めて居ないかと春の帳を取り出してみると冒頭に
”大覚寺の松は別格” と書いてありました。
その後東寺の帝釈天様の左足の指について、薬師如来像の右手の中指や亀の群れ方についても京での滞在日記が事細かに書かれていて、最後はどことなく割と滅裂では無かったので良しとして
魔法がとける時のこの感覚も、昨夜この春に同じでした。
Van Cleef and Arpels × Gaspard Yurkievich 春
2014年11月17日月曜日
彼女と過ごした4日間
アメリカから友人が帰ってきていました。でもまた流離のように旅立って行ってしまいました。帰ってきている間、彼女と4回会いました。1回1回のその日のことを目を瞑って思い返すと彼女の印象深い表情が4つとも違って、全て彼女の全力を見ました。
自分の気持ちを大事にしていて、それを素直に言葉と表情と体全体で私に伝えてくれて、思い悩んでいることも全てが美しかったです。とても魅力的でした。
私はなかなか人を目の前にすると戸惑ったり固まったり、東京に来てからは只管に自分のやるべきことは何かとそのことばかりで、人とのコミュニケーションを憚っていたのかなと思うほどで、でもイギリスに行って何が一番良かったって、私が人生でまたやってこなかったことや苦手だったことを少し出来るようになったことだと思います。
英語が話せなくて、外国では察するとかそういうことは無いので、何でも伝えないと始まらなくて、唯一向こうでの路上の通信ツールだったテキストと電話しか出来ない小さな携帯が壊れた時もどうにか携帯のshopのお姉さんに何かをワーワー言って、銀行を開設する時も、まあ日本ほど迅速に進まないので、エージェントのアカウントルームのチンさんに一筆下さいと、それを持って銀行の窓口でもワーワー言って、撮影も皆の意見が飛び交う中で最後の最後、核の部分が分からなくてこればっかりは帰ってからワーワー泣いて、何だか夏にも一回エージェントでワーワー泣いた覚えがあるのですが、何の理由だったか覚えておらず、ブッカーに「イギリスに友達が居なくて心配」とかなんとか言われてそんなことじゃねえと思った事だけ覚えています。でもそれら全部の日常も仕事も自分にとって一生懸命で、考える余地もなく感情が伴っていた日々だったなと改めて思います。
そしてそのことを持ち帰って、そう目の前に居る人は人同士で、話せば伝わると
英語ではなかなか伝えられなかったことを日本語だったら言葉拙くともどうにかして伝えようとすれば伝わると、それを学んだお陰でイギリスに行く前とはまた違った形で仕事をしているような気がして、もっと人間っぽい何かを知るようになりました。もう随分と突っ走って、失速しそうになっていましたが、きっと本当はここからが始まりだったんだなと、最近では街で偶然に出会う人達の様子が今後の自分の方向へのメッセージなのかなと思いました。
日本に帰ってその彼女と話して、彼女は私に持っていないものを持っていて、とても私には刺激的で魅力で、一生懸命という言葉がとても似合っていて、そんな素敵な彼女が誕生日の前夜、私に片方のピアスをくれました。今までちょっと貴金属たるものにまだ興味を持て無くて、ずっと開けてこなかったのですが、自分が何かをやったと思えた時に開けた方が少しは開けた時の事を覚えているのかなと思い、日本に帰ってきた時に開けてみました。まだ多分穴は定着して居なくて、貰ったピアスをつけていないのですが、一緒に食事をしている間、4回は箱から開けてピアスを取り出して眺めては直し、取り出しては終うを繰り返しました。彼女の選んでくれたピアスが私の性格のようなものに似ていると言ってくれて、私はそれも嬉しかったのですが、その形が彼女の魅力的な、私には無い部分が表現されていて、二人の間柄というか、彼女から貰ったんだということを一生忘れられないものだと思いました。
登録:
投稿 (Atom)




