2016年12月24日土曜日

アッパー

私にとってアッパーなニューヨークの友人が帰ってきていて久しぶりに会って来ました。同い年だけどとても素晴らしい役職についている彼女の逞しさと美しさは会う度に増して、いつも素敵な時間を過ごすことが出来ます。

お洒落もしっかり楽しむ彼女の手にいつも注目するのですが、私の中でなんとなくチャッチャとして仕事も色々ができる女性は指輪をいくつか着けているイメージがあって、彼女の指にはその節目節目に何かがあった時に自分へのプレゼントとしてや、親友からのプレゼントのもの、やはりそれがいつも目に入るので尋ねてみるのですが、自分が仕事しているときに目に入るから気分も上がるし頑張ろうと思えると言っていました。第一関節辺りにも指輪をはめていて同い年なのにそんなに人生の節目があったのかと感心し、私も一つ自分に来年買うことに決めてみました。

そんな決意を私の中のお洒落欲番長ナンバーワンに話をし、そしたら昨日すぐに色んなお店に連れて行ってくれました。「ジュエリーは試着せな分からん」と。以前も青山のアーツエンドサイエンスでイギリスからデザイナーさんが来日していたジュエリーのイベントに連れて行ってくれたのですが、ジュエリーを着けて生活したことがほとんどないものでやっと最近になってモデルじゃない時の自分へのファッションに少し興味を持ち始めたところだったので、ジュエリーはまた私にとっては興味の範囲と敷居が高く、ただただ彼女が試着するのを見ていただけでした。しかしデザイナーさんが傍にいると、あぁこの方が作っているんだ、この方が作るものを買おうというのが分かりやすくて、ジュエリーのデザイナーさんに会えるなんて人生にあるかないかかも知れないと、私は心に留めておきました。

昨日は結局一人じゃ入れないようなところにも彼女と一緒に入って、それはそれはジュエリーとは素晴らしいものなんだと結局いつも通り彼女が嬉しそうに試着をする姿を見て福福とした気持ちになってお蕎麦を食べて帰りました。
まだ豚に真珠猫に小判鹿にダイヤ状態ですが、一生に一つ大事に出来るものを見つけられたらそれが大いに幸せです。
大人の階段上ってるぜ

2016年12月23日金曜日

あみちゃん

久しぶりに結婚式というものに参列して来ました。
一人娘を嫁に出す父の気持ちとは本当にどういう心境なのでしょうか。毎回ヴァージンロードで新郎に娘を託す時のあの父の最後の一押しにグッと来てしまい、この度は素敵ななんて新郎と新婦の来場者へのおもてなしの心が最初から最後まで素晴らしかったです。

隣にはこの人は私の知る限りで菩提樹だと思っている関水結花が座っており、もうこの人は本当に心優しいと、お色直しの新婦の退場に付き添うお婆さまの姿を見ては「お婆ちゃんネタはダメ」と涙を流し、勿論家族への手紙の時は「今日は営業終了」というくらい涙を流し、その後も何を言っても泣いていました。何だかその姿に勿論新婦のあみちゃんという素晴らしく可愛らしい人が私の人生の友人であることと同時に、こんなに優しい菩提樹のような友人がいることに改めて幸せな気持ちにさせて貰いました。

なかなか結婚式まで参加出来る機会というのがないというか、イギリスに行ってしまっていた時に皆のゴールデンウェディングラッシュのタイミングを逃してしまっていて、私はそれが本当に何よりの悔いで、まだ結婚をしていない友人もたくさんいるので、その彼女達の結婚式には絶対参列しようと心に誓いました。はよ皆幸せになれい。

そして僕はこの日、あみちゃんの事務所の社長さんのお話の中にとても大きく気が付いたことがあって、私はそれを大きく信じて、少し自分を恥じて、家に帰りました。

なんと美しい日々が12月待っていたのだろうか。


最後はあみちゃんのwedding runwayの時に着させて貰った衣装にて


たくさんの幸せをありがとう。

2016年12月11日日曜日

鼻が詰まって数週間。分かったことがあります。鼻がつまり過ぎて何を食べてもあまり味が分からず、この強烈な鼻詰りには強烈なスパイシーかと対抗してみるも舌に辛さが残るだけで一向によろしくないなと、食事がいっこも楽しめないじゃないかと思い。

先日どうしても歌舞伎座で歌舞伎が観たいと、中村獅童さん尾上松也さん「あらしのよるに」を観て来ました。とても楽しいお話で終わった頃にはいつか私も白山羊の役をやってみたいと思いました。とても観やすいお芝居でしたので是非お時間ございましたら楽しみに行ってみて下さい。

そしてその後築地が近かったもので築地にお寿司を食べに行ったのですが、この鼻詰りだと久しぶりの美味しいお寿司も訳が分からないじゃないかと思っていたら、なんとまぁなぜか一番味がよく分かりました。これが素材の味というものなのでしょうか。今まで以上に味を堪能したような気がします。なんかやっぱり日本人って凄い。そんな一日でした。

先週は私の大好きな友人のお誕生日で、私はその彼女の喜ぶ顔が大好きで、ファッションに興味のあまりない私をいつも連れ出し、色々なお店を回ってどんなものでも試着して行く姿を見て、私も非常に楽しく嬉しく、とってもチャーミングな人だといつも思うのですが、昨日も凄くチャーミングで可愛らしかったです。
そんな彼女のためにというか、いつもシンプルな服装でしかなかなか会わないのですが、この日は彼女の誕生日を祝う気持ちで少しお洒落をしていきました。人のためにお洒落をするということがあまりなかったので、自分の初めてのこの気持ちに彼女は気付かせてくれて、いつも私に体験をさせてくれるのです。これからもこの人を大切にしようと思いました。
お誕生日おめでとう。

2016年12月3日土曜日

機関車ムコダイン

とても寒いロケが続いて、その度に後輩のさこちゃんから頂いた温かい靴下を履いて出掛けていたらものの2回で親指部に穴が開いてしまい、今日は出掛ける前に一つ苦手な裁縫をしてみました。

とうとう師走という月がやってきてしまい、だいたい12月になると今年の最後をゆっくり過ごすように尻つぼみになっていく感じなのですが、もうひと燃えすることが出来て、ちょっと正直ビビっている部分もあるのですが長年のどう考えてもここしかないところに足を踏み入れるような感覚です。

昔の記憶をチラホラと思い返しながら、時折斜め上を見上げて、また机に向かいました。

久しぶりに事務所の社長と金曜日に電話をし、エラーになっていたメールがあることに気が付き、昨日そのメールを受け取りました。月が変わってしまいましたが私の大きな節目の誕生日へのメールでした。この社長の元でお世話になって8年が経とうとしています。

石の上にも3年、ゲーテは物事は5年、関根勤さんが笑っていいともに慣れたのは8年、
確かに節目節目に何かありました。私もやっとここからなのかという気になっています。自分のまだ短い人生ではありますが、痛烈に本当にこの人に出会って良かった、この人には一生をかけて恩を返さないといけないなと思える一人が今の事務所の社長です。漸く覚悟が向いたみたいです。

2016年11月30日水曜日

忠ちゃん

あっという間に明日11月が最後の日になってしまいました。きっとこのブログを書き終える頃には30日になっているかと思います。11月は前半に誕生日というものがあるので何だかいつも過ぎ去るのが最も早い月のような気がします。それと同時に何だか本当にこの1ヶ月朝から晩までフル稼働したような気がしていて、漸く明日一つ束の間に一呼吸しても良いような気がして、久しぶりにこうしてパソコンを開けてみました。

この一ヶ月は本当色々な所に行きました。先週末は高校時代のバスケ部の友人の結婚パーティに出席し、久しぶりの友人に会ったり、とにかく毎週末どこかしらに行き、そして決まってなぜか誕生日前になると思いっきり風邪をひくのですが、何だか風邪を思いっきりひけないスイッチみたいなものが入っていてずっと地味に咳だけが続き、今日は少しロケバスの中で休憩中眠っていたら、鼻がフィーかピーかずっと鳴っていて、鹿の鳴き声かと思ったと言われ(そんなことあるかい)、帰り道本当に鹿を見ました。野生の鹿に出会うととても嬉しいです。暗闇の中凄い可愛いかったです。

一息ついたので何か言葉が出て来るかなと思ったのですが大して何も出て来ず、やらないといけないことを後回しにしようとしている口実な気がしたので、一先ず寝てみようかと思います。また12月何かがあるような気がして、そのワクワクのために11月最後の日を過ごしてみようと思います。


2016年11月12日土曜日

1111

昨日20代最後という時を迎え、先週くらいから後輩に「あと1週間、やり残したことやりましょ」と言われたのでその時しばらく考えてみたのですが、どう考えても悔いの無い20代だったと思い、「無い」と答えたのですが誕生日の前々日に朝起きて寒くてなかなか布団から出られず、インスタグラムを開げてみたところ、急に『私この人に写真を撮って貰いたい』と、布団から脱出して、一筋の勇気が指に湧いて、お会いしたことも無い方だったのでインスタグラムからダイレクトメッセージをドキドキしながら送りました。数時間後にとても丁寧な文書が返ってきてその次の日にお会いすることになりました。

その誕生日の前日の朝も寒くて布団から出られぬ時間を過ごしていたら、本当に東京に来てからお世話になった人から誕生日の前日ということも知らず電話がかかってきました。なんか蟹や言うて、蟹に釣られて布団から脱出し、その数時間後に4人で蟹のパスタを食べました。この20代の感謝をとにかく蟹のパスタを食べながら伝え、お腹もいっぱいになったところでフォトグラファーさんのところに行って来ました。

お会いしてお話をして、写真も見させて頂いて、撮っていらっしゃる写真から想像通りの方で、20代最後の私をおさめて下さいました。

そしてその後はこのブログにも何度も登場している純さんに恵比寿にある美味しい御料理屋さんに連れて行って頂いて、もう純さんとは何年の付き合いになるのか分かりませんが、私は元々ファッションに本当に興味が無くてお洒落の仕方も自分には何が合うのかどうなのかということがずっと分からずにやってきていて、でも会う度の純さん自身のお洒落や、純さんの助言により、私にファッションの楽しさを教えてくれたのは純さんだと思っていて、最初はお仕事で会うことしか無かったのがいつしか夏の暑い日に担々麺を作ったから一緒に食べようと言って下さった日や、こういう展示会があるから一緒に行ってみようなど、私には兄しか居ないので姉が居たらこんなお姉ちゃんが良いと思う程本当にいつも優しく、さりげなく、ファッションに疎い私に色々な助言をして下さっていたのだなぁと思い、この10年、モデルという軸で動いてきて、何度辞めようと思ったか分からないこの職業に、それでも辞めなかったのはたくさんの方がその度その度に言葉を残して行って下さったからです。20代をこの仕事に捧げて、勿論色々ありましたが、何度振り返っても私の20代は本当に最高のものでした。ファッションを通して、この仕事を通して出会った方々が育てて下さったと思っています。本当に昨日は最後の最後まで有り難うと言える日でした。そして一つとても問いたかったのは、モデルを始めた直後、本当に失礼なことに大きな舞台で明るい照明に向かって歩いたり人前に出ることが異常に苦手だったのもあって、ショーに出たくない(本当に失礼な話ですみません)とストレスがストレスで、泣きじゃくっていた時に母に尻を叩かれ「ステージの上では一人や!」と怒られたことを覚えているのですが、もう絶対これを歩いたら辞めてセルロースの研究に徹すると心に誓い、そうすると20歳の時に、ある一通の手紙が届いたのです。これも何回かお話したことがあるかも知れませんが、10歳の時に小学校の学級会でやっていた「10年後の私へ」という葉書でした。10歳ながらに自分は何を書いたのかと、父や母や兄や祖母の安否に友人の名前、好きな人の名前と、そして一番最後に「20歳の紘未さんは今の私の夢であるモデルさんになっていますか?」と。自分にだからこそ打ち明けられたその夢に、彼女のお陰で私はモデルを辞めずにすみました。どうでしょう。10歳の私が理想としていたモデル像に私はなれているでしょうか。それを彼女に聞きたい。まだまだと言うかもしれませんが、この先もずっとずっとまだまだ何かが続いているような気がして、尻を叩かれた時の母の言葉も今では、ショーは一人ではない瞬間をフッと感じることも出来るようになりました。歩いていて演出家さんの懐の大きさを感じることも、服の力を感じることも、今では何だか時代が変わって来ていて、仲間を感じることもあります。この仕事を続けて本当に良かった。どんな時も立ち上がってまた歩き出してくれた20代の自分に心から感謝をしたいです。ありがとう。

2017年11月11日

2016年11月9日水曜日

猫長老

めっきり11月になって、この月は特別な魔法がある期間だと思っていて、この時期にしかない魔法です。

今日は先日母が柿を携えて奈良からやって来てくれたので、その柿を食べました。そのさながら寒い朝にコポコポとゆで卵を作ったのですが、めちゃくちゃうまく出来たので朝から凄く感動をしています。

午後はこれから猫長老先生の所にボイストレーニングに行ってきます。長年のお付き合いなのですが、特に歌を披露することもなく、人前で微弱な話し声なので誰も行ってるとは思っていませんし、私もなかなか言い出せなかったのですが、行っています。

自分の心に持っている何かを引っ張り出すには先生に会いに行くのが一番です。


こういうことを書こうと思ったのではないのですが筆を走らせて居たらここに落ち着いてしまいました。