2014年7月9日水曜日

100系新幹線



やっと会いに行くことが出来ました。
前回フライトの関係で、滞在中お世話になっていたエディターのケイトとその息子二人にさよならを言えずに発ってしまって、日本に着いてからケイトのメールを見て
もう何とも言えない気持ちになっていたので、やっとやっと会いに行けました。

まずさよならを言えなかったことを謝って
お兄ちゃんのカシアス君は優しい声でそんなことは良いんだと、また帰ってきて会いに来てくれて嬉しいと静かにハグをしてくれました。
ジャパンセンターでお刺身をたくさん食べたこと、算数をとても頑張っていること
そして前回帰る前に渡したかったものだと、左手の薬指にカラフルなゴムで編んだ指輪をはめてくれました。



また何とも言えない気持ちにさせて貰いました。

滞在中、毎日のように新しい線路を作ってプラレールを見せてくれていたので、日本から100系の新幹線をお土産に持って行きました。息子二人と感動の再会も束の間で、子供部屋から大興奮の声が聞こえてきました。

もう一つ、前回トトロトトロと言っていたので、トトロのぬいぐるみも渡したのですが、日本の新幹線はやっぱり格好良くてとても速いみたいです。



2014年7月8日火曜日

シャッターの

今日は事務所の下の管理人のおじさんと天気以外の話も少ししてきました。
取り留めもない話を3分ほどしたのですが、おじさんはコーンスープが好きだということが分かりました。
日本に帰る頃にはきっと、管理人のおじさんの好きなものをたくさん知って帰ることが出来るんじゃないかと思います。

そして先々月、日本で海外誌を見ていた時に、ある写真でこの人の女性に対するアプローチの仕方というか、そのフォトグラファーの女性の描き方が凄く好きだと思い、その写真を頭のメモリーに入れて置いていました。

次の日の撮影のチームを調べていたら、その写真がフォトグラファーのホームページにあったので、私のシナプスは動き蠢き、海外の方々の分かりやすい名前以外は男性なのか女性なのか名前だけではまだ判断がつきませんが、そのホームページにある写真たちを見ながらこんな人かしらと想像を膨らませて現場に向かいました。


会った瞬間、この方があの写真を切り取った方なのかともう思った通りの、そして思った通りのシャッターでした。

あなたの写真を日本に居た時に見て、とても素敵だったので今日会うことが出来て本当に嬉しかったと伝えられました。



2014年7月1日火曜日

ゲーテの5年

今日のロンドンは晴れです。

先日、小学校の時からの友人から
”大人になってからの魔女の宅急便の良さ”について熱弁を受けたので、英語バージョンの魔女の宅急便を見てみました。

英語バージョンのキキは何だか13歳には見えませんでしたが、幼い頃に毎日終わっては見て、終わっては見てを繰り返し、キキのように13歳で独り立ちをするために毎日箒に乗る練習を欠かさず、ジジのようにお供をしてくれる猫を手懐けることにとても苦労しました。
カタツムリやバッタや度々持って帰っては家の人を驚かせ、遂にやっと仲良くなった猫君を担いで帰った日には本気で家に入れて貰えませんでした。

キキの独り立ちよりも10年程あとになってしまいましたが、しかしそれも独り立ちというのでしょうか、自分の意志でこうしようああしようと判断するまでにはきっとキキよりもダブルスコアほどになっていました。
キキのようになりたいという夢を持って見ていた魔女の宅急便と、実際にキキのように新しい街で修行をし始めた今とでは未知だったページに目まぐるしくどんどん絵が描き足されていくような感じです。

自分の育ったベースがあり、応援してくれる友人が居て、漸く辿り着いた新しい街の大きさや人に圧倒されながら、大変なことも沢山、ハプニングも沢山あるけれど必ず助けてくれる人が現れて、失敗する度に色んな知恵を絞り、奮起させられる出来事があって、新しい出会いに友人に、好きな人にと、最後はこの街に来て本当に良かったと思えることがこれからの自分にとって自信に繋がるんじゃないかと思います。

何だかとても今良い匂いがしていて上手く言えていませんが、今日でFRIDAYにお世話になって5年になります。
色んなことがありましたがとりあえず3年、何もなければそれで辞めていたや知れませんし、何度も辞めよう辞めようと思いましたがその度に何かが起こり今に至りました。
石の上にも三年、ゲーテは物事は五年、関根勤さんは笑っていいともに慣れるのに八年と新聞に書いてありました。次の八年目に向けて、今この場所に来られたまでを改めて振り返り、育てて頂いたFRIDAYに今一度感謝を伝えたいです。

社長。正直上京したての私には社長からの電話が恐怖で仕方ありませんでした。今日はまた何を言われるのかと覚悟をして受話器ボタンを押していました。ブログも今は漸く自分の文章を見るとその時々の心の状態が分かるまでになりましたが、ブログをやるようにと始めた初期は本当にただのストレスでしかありませんでした。自分の言いたい本当の言葉も見つからず、漸く出来たと思えば写真や文章に対して電話が鳴り、正直これも何度辞めようと思ったか分かりません。
でも黙って上手く物事を伝えられなかった私の心の内をこのように整理整頓させるためにも、写真や日常の状態や、きっと他にももっと、言いませんけどこういうことだったんじゃないかと、今では大切な時間に大切な人にその時に感じたことを自分なりの言葉で言えるようにもなりました。
最初はきっと訳の分からないことを話す関西人だったかも知れませんが、FRIDAYに携わる沢山の方々のお蔭様で今は訳の分からない英語を話す日本人にならないように日々英語に奮闘しています。5年前、私を拾って下さり、本当に本当にありがとうございました。
まだまだワーワーと大切なマネージャーの皆様に時差攻撃をして困らせていますが、本当にどれだけ支えて貰っているか分かりません。

モデルとしてだけではなく、人として育てて貰って、お蔭様で大事な20代をFRIDAYとその御縁のある方々と過ごすことが出来ました。今は遠くにいるので若干言いたいことを言っている雰囲気はありますが、いつ帰るや分かりませんけど帰ったらどうぞ温かい気持ちで抱き締めて下さい。
これからもどうぞよろしくお願いします。

model agency FRIDAY  山村紘未





2014年6月27日金曜日

虫の脚


イギリスに来て二週間が経とうとしています。
この二週間、電車の窓に張り付いた忍者ハットリ君のような虫みたいに過ごしていました。

今まではイギリスに来ても少しの滞在だからと心のどこかに思っていて
あまり知り合いを作ることもしなかったのですが、やはりどこか自分の心の中の面持ちが少しは違うようで着々と何かが形成されているようです。

今まで話をしたことのなかった人達と話をする機会があったり
今見ている世界がいつもの日常とは大きく違うので
私にとってはこの1分1秒全てが勉強のようです。

朝は毎日のようにエージェントに行って、ハグとほっぺた同士の挨拶を交わして
スケジュールをもらって、よっぽど遅くならない限りは帰りにまたエージェントに寄って、今日のスケジュールを与えてくれたことに感謝をしてハグとほっぺた挨拶で一日を締めています。
とりあえず大事なことだけはすっ飛ばさないように出来ることから始めています。

色んな所に毎日行くので少しずつですが前より英語も出てくるようになったのと、エージェントの下にその建物の管理人のおじさんがいるのですが、毎朝ご機嫌を問い、天気の話を必ずするので今までHow are you?と聞かれてもfineとgoodくらいしか言い方がわからなくて、時差ボケでスーパー頭が痛い日もI'm fine! 山村ノロ未の千鳥足だった日もI'm good!Thank you!と言っていたのが少しずつおじさんのその日の気分により日常のちょっとした受け答えの言い方を覚えてきたように思います。

とにかく来て一週間はいつもと違った日常に、目の前に突然現れてくれる人達との出会いと時間が奇跡のように思えて、どんな小さなことも今は凄く喜びを感じています。

これは東京に初めて来たときもこんな感じだったなあと思って、私はまたこうしてこの感覚を感じられて、これを少しの間楽しんで、あとは今このイギリス生活を一生忘れないようにやりたいことが一つあって、それを今楽しみにしているところです。

今は出来ないことの方が多いですが、毎日少しずつ自分の体がこの土地の気候や水に慣れて、話せる言葉や時間が少しずつ増えていることに少しでも自分が毎日変わっているのかなあと実感できる環境にすごく感謝をしています。




2014年6月16日月曜日

運ぶ

無事にイギリスに戻ってきました。

何だかここに来るまでに色んな色んなことがありました。
正直言うとまたイギリスに戻って来るかはずっと定かではなくて
でも日本に帰った3ヶ月、色んな方々とお会いして、これまでもお世話になっていた方や初めてお会いした方が沢山の言葉や教えを下さったお陰でまたここに戻って来られたと思っています。

上京して初めての一人暮らしの西日に、一体何をすれば良いのか分からなくて
とりあえずその町にあった古本屋のおじさんに
田舎の駄菓子屋同様 「おっちゃん!」 と声をかけてしまってから
どこか遠くへ行く度 自分の身を運ぶことは「運」と書く とそのように言ってくれました。

人生の少しの時間、自分の身をいつもとは違った環境下に置いて
良いことも良くないかも知れないこともその時々に生き抜く知恵を授かって
より一層心を豊かにできるようにこれからもっとこの仕事に感謝していきたいと思います。


(c)Sayaka Maruyama

まだまだ眩しくて眩しくて

2014.6.15 山村 紘未









2014年5月17日土曜日

再会

5月の前半はとても不思議なことがたくさんあって、再会がとても多かったです。
道で偶然に会ったり、何だか不思議なことも不思議なものもいっぱいでしたが話をしていて何か目に輝きを持たせてくれるような、そんなお話がたくさん出来ました。東京に出て色んな人にお会いしましたが、今目の前にいる人達が本当に自分にとって一生の財産だと思える場面がいくつもありました。
 
とても伝えたいことがあったので先月電話をしたところ
「現在使われておりません」と耳の先で言うので、あぁ遂に居なくなってしまったと思っていたら突然に連絡があって、会ってきました。
 
やはりyoshiki さんのctureのドレスを着るとそれぞれのドレスが持つエネルギーが違って、それぞれに全然感じるものが違うのです。
1年ほど前初めて身に纏った時に、とても抽象的かも知れませんが、服が何か言っているような、自分の細胞なのか何なのかが何かを感じて、これがお洋服と対話するということなのかと初めて着るということのヒントを教えて貰ったような気がします。それから久しぶりに纏いましたが、やはりそれぞれが持つドレスのエネルギーが全く違って、今回着たものは大地が蠢くようなそんな力を持っていました。それにしても幅が凄いです。
 
ロンドンのコレクションでjohnの服を纏った時もこれもまた全然違って、多分その服に宿ったデザイナーの心だと思うのですが、これも抽象的ですいません、私の心をとても穏やかに美しい気持ちにさせてくれました。恐らくむちゃくちゃな英語だったかも知れませんが、この気持ちも初めてだったのでどうにか伝えようとjohnのスタイリストさんにゆっくりパクパク伝えてみました。
今その時のことを少し思いだしましたがjohnのスタイリストさんは品があってとても美人なのです。
 
きっと5月の後半は伝えるということが課題になってくると思います。
今までモゴモゴ心の中にしまっておいたものを少しずつ伝えるという作業をやっていくことになるだろうと思います。
  
 
最後に全然関係の無いことですが、先日たくさんのウミネコ君を見ました。
純粋に誘ってくるので本当にたまりませんでしたが、色白の彼女の目が美しくて、シルクのワンショルダーのドレスが本当に似合っていました。
 
 
 
 
 


2014年5月1日木曜日

5月1日

今日は世界でたった一人の兄の誕生日です。
 
先日実家に立ち寄った時にたまたま兄も帰っていました。私の背中や首に磯巾着のような動きをしてくるので私は肌を鳥で対抗していましたが、磯巾着の兄と久しぶりに顔を合わせると互いに顔がだんだん似てきたように思いました。
 
普段兄について思い出すことは無いのですが、この兄との幼き頃の遊びでは、いつも対戦で必殺技の練習台にさせられ、ドラゴンボールごっこでも「紘未 ドラゴンボールごっこしよう俺ベジータ 」と一つのワンフレーズのように先にキャラクターをとり、ならば主人公をと 「じゃあ私」「お前ごはん」 と被さってくるので仕方なく構えるのですが、どうやら私は幼少期のごはんのようで変な尻尾をつけさせられ、学校の制帽に丸く新聞紙で作られたドラゴンボールをつけて、明らかに弱小そうで、案の定ベジータの技をくらいまくるといった、妹はいつも兄の勝利の練習台でした。
 
せっかくの兄の誕生日なのでこれらの遊びから、兄は妹にどんな大変な状況でも知恵を絞り、何事も打ち勝てという学びを教えてくれていたのだと思ってみますが、時を越えて謝って欲しいので今から電話しようと思います。